情報化社会と言われ久しいです。情報が我々の環境になり、情報により左右されることも多くなりました。
健康情報も沢山あって、どれがいいのか分からない。ボディワーカーも健康を司る立場であることから、お客様から色々と名前を出されて、これはいいですか?悪いですか?などとよく聞かれます。
人工的な空間に住み、情報環境に住むようになった我々は、既に情報を環境として生活しています。どうやって情報を取捨選択していくのか。情報とどう接していくのかが、大切になってきています。
できれば、言語や情報と、身体的な感覚と、合わせて何事も対応していきたいところですが、身体的な知覚は、気がつかぬまに衰えがちです。言語を超える現実は、常に我々の今にあるのですが、両者に接点が無くなってしまったり、身体感覚は全く感じなくなってしまっている。そんな状況も多いです。
情報過多になっていくと、自信が持てますし、行動に繋がりますので、自信は大切ですが、それが行き過ぎて、確信そして過信となっていくと、時に自分の為にならないことをしてしまったり、自分ではないものと出会ったり、自分としているものを手放したりしてしまいます。
やはり身体的な知覚や体感は、ある程度は維持して、考え方と感じ方の両方で、自分を進めて行きたいものです。
考え方としての自分。そして存在としての自分である自身。両方が協力しあって、自分自身という在り方。常に自分自身に戻れる柔軟性が大事なような気がします。行きすぎた自分、過剰な自分は自分を幸せにしません。
自分の過信の外に出ること。自分の範囲を知り自分に自信を持つ。
自分の環境や関係性も過信せず、リニューアルしていくこと。関係に依存し過ぎないこと。
ニュートラルな身体と心になっていくことは、今の時代とても大切なことのような気がします。