「ロルフィングって、どうやって、やっているのですか?」とよく聞かれます。
「どうして触れているだけなのに、体の状態が変わってくるのですか?不思議です。」
そう言えば、我々は、触れるとは何か?ということについて、よく考えたことがないことに気がつきます。
手がどれだけ凄いものか、
最近は、スマホみたいに押す以外の触れるが出来なくなってしまうのではないかと、ちょっと危惧する思いもあります。
辞書を引いてみました。
触れる。
1
㋐ある物が他の物に、瞬間的に、または軽くくっつく。ちょっとさわる。「肩に―・れる」「機雷に―・れる」「外の空気に―・れる」
㋑脈が反応する。脈拍を指先に感じる。「脈が―・れなくなる」
㋒(「耳(目)にふれる」の形で)ちょっと耳にしたり見たりする。「人の目に―・れる」「耳に―・れるうわさの数々」
㋓あることを話題にする。言及する。「食料問題に―・れる」「核心に―・れる」
㋔ある時期や物事に出あう。「折に―・れて訪れる」「事に―・れてからかわれる」
㋕規則・法律などに反する。抵触する。「学則に―・れる」「法に―・れる」
㋖怒りなどの感情を身に受ける。「勘気に―・れる」「怒りに―・れる」
㋗感動・感銘を受ける。「心の琴線に―・れる」「心に―・れる話」
2
㋐物に軽くくっつくようにする。「髪の毛に手を―・れる」「花に手を―・れる」
㋑広く人々に知らせる。「隣近所に―・れて回る」
3 食べ物にちょっと手を付ける。
「朝餉 (あさがれひ) のけしきばかり―・れさせ給ひて」〈源・桐壺〉
言語になっているだけでもこれだけのことに触れれた訳です。さらに言語化されてない部分も入れると、触れるというのは、ものすごい沢山のことが出来ることに気がつきます。長い歴史の中で、道具や機械化によって、我々は、触れることの意味を限定し、触れれたものを過去にしてきてしまいました。昔の人は色々なものに触れることが出来たのだと思います。
ロルフィングでする僕がする触れることも、こうして辞書の意味を読んでみると、この中に入っているような気もしますが、そんな触れる本来の機能の1つだと思います。古くて新しい、人間本来のスキルの一つだと思います。